カンボジア王国について

カンボジア王国について

 

1.地理、気候

カンボジアの中心にはメコン川が流れていて、シアヌークビルとプノンペンを繋ぐ水運を担っています。このメコンデルタと支流のサップ川、トンレサップ湖を取り巻く平野部に人口の三分の一が居住しています。トンレサップ湖の北方にはクメール王朝の遺跡として世界的に有名なアンコール・ワットやアンコール・トムといったアンコール遺跡があります。

国土の大部分は海抜100m以下で、プノンペンから見渡した感じは、特に大きな山などは見あたりません。一番高い山はアオラル山(1813メートル)があります。

気候は、大きく分けて雨季と乾季の2季があります。1年のうちで最も暑くなるのが4月です。4月中旬頃にカンボジアの正月があり、それを過ぎる雨が多く降るようになり、気温も少しずつ落ち着き始めます。カンボジアで降る雨の多くは、スコールの様に、どかっと降ります。この時降った雨がサップ川に流れて、普段は海に向かって流れている川が、トンレサップ湖に向かって逆流します。そのため、トンレサップ湖は乾季には、肥沃な土が現れて、雨季には辺り一面が水面になります。11月の終わり頃に水祭りがあり、その頃から、雨があまり降らなくなってきます。12月、1月は雨も少なく、気温もそれほど暑くはないので、1年のうちで最も過ごしやすい月です。

 

 

2.人種、人口

クメール人が90%、ベトナム人が5%、華人が1%、その他4%が36の少数民族 です。首都プノンペンでは、多くのベトナム人やベトナム系カンボジア人、中国人や中華系のカンボジア人が暮らしています。人口は2013年の統計によると15,135,000人です。

 

 

3.歴史

カンボジアの歴史で忘れてはならないのが、20年にも及ぶ内戦です。その間日本にも多くのカンボジア人が亡命してきました。カンボジア国内では、今でもその傷跡が残されています。

1955年、「独立の父」として国民の人気を集めたシハヌークは同年の選挙で首相兼外務大臣に就任しました。1960年に王であるスラマリットが亡くなると、シハヌークは王位を空けたまま国家元首という新しい位を作って就任しました。

1970年親米のロン・ノルがシハヌークの外遊中にクーデターを決行し、シハヌーク一派を追放、クメール共和国の樹立を宣言します。ロン・ノルは政権を取ると、激しい反ベトナムキャンペーンを行い、南ベトナム解放民族戦線への支援が疑われるカンボジア在住のベトナム系住民を迫害・虐殺しました。続いてロン・ノルは1970年4月、ホーチミン・ルートを粉砕するため、アメリカ軍と南ベトナム軍に自国を侵攻させます。

一方、1971年10月、ポル・ポトはシハヌークを擁立してロン・ノル政権との間で内戦を開始。1971年1月、アメリカはロン・ノル政権支援のために南ベトナム派遣軍の一部をカンボジアへ侵攻させます。10月、ロン・ノルは軍事独裁体制を宣言し、1972年3月に新憲法を公布。しかし1973年3月29日アメリカがベトナムから完全撤退すると、ロン・ノルは後ろ盾を失い、勢力を失います。

1975年4月17日クメール・ルージュが首都プノンペンを攻略。プノンペンを手にした後、クメール・ルージュは、都市部の住民を強制的に農村へ移住させます。重病人や妊婦も強制的に立ち退かされ行き倒れになる者が続出し、大量の死者が出ました。クメール・ルージュは極端な原始共産制社会への回帰政策を実行し、また旧政権関係者、都市の富裕層や知識層、留学生、クメール・ルージュ内の親ベトナム派などを虐殺しました。反乱の疑いのあるものは政治犯収容所S21(現トゥールスレン虐殺博物館)などに収容され虐殺されました。

ベトナム領内を攻撃し、ベトナムに対して敵対的な行動をするクメール・ルージュに対し、1978年12月25日、ベトナム人民軍は、亡命カンボジア難民からカンプチア救国民族統一戦線を組織し、元クメール・ルージュ将校でベトナムに亡命したヘン・サムリンを擁立し、ポル・ポト打倒を掲げカンボジアに侵攻します。

ベトナム軍がプノンペンを攻略すると、1979年1月に親ベトナムのカンプチア人民共和国が樹立されました。1981年6月にフン・センが副首相に就任します。1990年6月4日、5日、東京でカンボジア各派が参加する和平に向けた直接対話の場として「カンボジアに関する東京会議」が開催され、続く1991年10月23日、カンボジア和平パリ協定が開催され、最終合意文章「国際連合カンボジア暫定統治機構」の19ヶ国による調印に達します。ここに、20年に及ぶカンボジア内戦が終結しました。

 

 

4.経済、産業

主要産業は農業、漁業、林業などの第一次産業です。国土の約3割は農地で、多くが水田です。近年は観光産業と縫製産業が成長し、また外国からの投資によって経済成長を続けています。多くの高層ビルも現在建設中で、首都プノンペンは建設ラッシュです。

主な鉱物資源としてリン、マンガン、宝石があります。また塩を4万トン生産しています。

主要輸入品目は、石油製品、タバコ、オートバイで、主要輸出品目は衣類、天然ゴム、木材です。主要輸出先はアメリカ合衆国、シンガポール、タイです。主要輸入先はタイ、香港、シンガポールです。カンボジア製の衣類は日本にも多く輸出され始めていています。

 

 

5.カンボジア人の気質

基本的にカンボジア人の気質はおおらかです。多くの旅行者は、タイやベトナムよりも、カンボジア人の方が温かみがあったと言います。特に、旅行者には親切にしてくれる人が多いのかもしれません。

現在首都プノンペンには多くのベトナム人や中国人が滞在していますが、カンボジア人は彼らがカンボジアに進出してきている事に多少の反感を持っているのも現実です。

 

 

6.食文化

カンボジアは、他の東南アジアの国々と比べて、生産性農業がまだあまり発達していません。そのため、市場で売られている国内産の果物は、自然の味を楽しむことができます。肉類は、主に牛肉、豚肉、鶏肉、アヒルの肉などを食べます。市場で売られている牛肉は硬いものが多いです。通りには、豚やアヒルの丸焼きが売られています。野菜も葉物類を、肉と一緒に食べたり、香草をクィティウに入れたりします。味付けの方法として、ライムを搾って使うことが多いです。隣国のタイやベトナムなどと比べて、これといった有名な料理はないですが、タイ料理のように辛すぎることもなく、日本人にとって、美味しく食べれる味です。