ベトナム史(1) 通りの名前につけられた英雄や著名人 Part1

ベトナムの通りは英雄や著名人の名前がつけられているところが多くあります。その中でもベトナムに住んでいて良く目にする名称を中心にピックアップし、人物史に触れてみます。

 

①ハイバーチュン通り(Hai Bà Trưng) 

※ハノイでは区の名称に用いられています。

 【ハイ・バー・チュン(徴姉妹)】

ハイ・バー・チュンとはチュン・チャック(徴側 ?~43年)とチュン・ニ(徴弐 ?~43年)の姉妹。一説には双子と言われるが定かではない。彼女らは1世紀に後漢の支配下にあったベトナムで起こった反乱を首謀したことで知られる。『ベトナムのジャンヌダルク』と称されることが多いが、ジャンヌダルクのほうが彼女らの後世の人物である。ハイバーチュンを直訳すると、2人(ハイ)の女傑(バー)チュン(チュン)。

 

②ティサック通り(Thi Sách)

 【ティ・サック(詩索 ?~40年)】

ハタイ省ソンタイの有力者。上述したチュン・チャック(徴側)

の夫である。

 

③ゴクエン通り(Ngô Quyền)

【ゴ・クエン(呉権 897年~944年)】

ベトナム北部を支配した王朝である呉朝(939年~968年)の建国者であり、初代王である。

 

④チャンフンダオ通り(Trần Hưng Đao)

※ホーチミンのチャン・フン・ダオ像があるメリン広場はチャン・フン・ダオ通りにはありません。

【チャン・フン・ダオ(陳興道 1228年~1300年)】

陳朝の初代皇帝であるチャン・タイ・トン(陳太宗)の兄であるチャン・リェウ(陳柳)の息子。また陳朝の王族であり武将である。彼は元(モンゴル軍)からの3度に渡る侵略を退けた実績から国民的英雄となっている。余談となりますが、3度目の元による侵略を退けた白藤江の戦いにおいて多くの軍船や水兵を全滅へと追いやったため、元が計画していた日本への侵略(元寇もしくは蒙古襲来)を断念した。

 

⑤レタイト通り(Lê Thái Tổ)

 【レ・タイ・ト(黎太祖 1385年~1433年)】

後黎朝大越国の初代皇帝。中国の明朝の支配から逃れべく奮戦し撃退。そして独立しハノイで帝位についた。国号を『大越』とし国内の法整備を改革、基盤を築いた。

 

⑥レロイ通り(Lê Lợi)

【レ・ロイ(黎利)】

レ・タイ・トの廟号である。

 

⑦レタントン通り(Lê Thánh Tôn)

 【レ・タン・トン(黎聖宗 1442年~1497年)】

レ・タイ・ト(黎太祖)の興した後黎朝大越国の第5代皇帝。ちなみにレ・タイ・トの四男である。彼は黎朝の全盛期を築いたと言われている。